第31回 白浜町 佐藤様宅「広い畑で農作業」

白浜町は、言わずと知れた一大温泉郷「白浜温泉」がある温暖な町です。しかし、今回訪れた佐藤様のお宅は、同じ町内にもかかわらず、まるで離島の小漁村のような雰囲気がある静かな一角でした。
幹線道路から少し入っただけですが、家のすぐ裏が堤防を挟んで小さな砂浜で、数軒の家があるだけの静かで美しい入江に面した集落。家のすぐ裏の海岸。家から徒歩10秒!今回ご紹介する佐藤様は、退職する前から田舎暮らしを夢見ていたそうで、雑誌などを見て物件を探していたそうです。

条件は、
 ・畑がたくさんできるところ
 ・暖かいところ
 ・静かでも生活に便利なところ

でしたが、「土地が広い」「暖かい」「生活に便利」となると、なかなか条件に合うところが見つかりません。土地が広いと山奥だったり、暖かくて便利なところでは畑も小さい。
そんなとき、雑誌で見たスエタカの物件が今の家です。
現役時代にはよく和歌山に仕事で来ていたことや、姉夫婦が和歌山在住でもあり、和歌山県にはなじみがありました。
佐藤様はさっそく見に来て、一目で気に入って即決し、昨年の4月に引っ越してきました。

■広い畑で農作業
まず第一の希望であった「畑をたくさんできるところ」ですが、なにしろ土地が広い! 1000坪以上あり、いろいろな野菜を思う存分作れます。それに、トラクターも入る倉庫もあり、農器具置き場に不自由はしません。畑も広いので、さっそく中古のトラクターを購入して愛用しています。「まだまだ1年目なので、思うような出来ではない」と謙遜されていますが、訪れたときは立派な大根を収穫中でした。
職場の人たちに、いろいろな作物をもっていく約束をしているので、よろこんでもらえるものを作りたいとのことです。

■暖かく、海が目の前
次の条件「暖かいところ」ですが、もちろん温暖な白浜町なので条件には合致。また、はじめは「海に近いといいなあ」程度だったそうですが、実際に来てみれば家の裏がすぐに海!小さな砂浜もあります。
「海に近い」どころか、海岸に隣接していますので小さな砂浜が庭のよう。波が心配に思われますが、田辺湾のそのまた入江で防波堤もあり、波も静か。
もともとが半農半漁の家だったようで、海に直結した屋根付きの舟置き場もあります。
まずは船外機付きのゴムボートで海へ出てみたそうです。舟置き場。スロープで海に直結。家が海に面しているので、いつでも好きな釣りができるとのこと。フラッと釣りに行って、自分が食べる分だけ釣れれば帰ってくるという、夢のようなお話しもされていました。

■交通・生活に便利
佐藤様は長年、名古屋で会社員として勤め上げ、今は非常勤の役員をされていらっしゃいます。奥様は仕事もあり名古屋在住なので、月に数日は名古屋に行かれているそうです。また、息子さんや娘さんは京都・東京におられ、あまりにも遠いところだと不便。
こちらのお宅は静かな環境にありながら、白浜町でも田辺の市街地寄りにあり、高速道路のインターチェンジ(南紀田辺IC)や、南紀白浜空港に車で10~15分程度と近く、交通の便が非常に良いところです。
そのため買い物や病院など、生活に不便はありません。コンビニエンスストアも車で2~3分。歩いてでも行ける「とれとれ市場」には温泉施設もあり、気が向けばすぐに温泉にも入れます。
そんな便利なところにもかかわらず、小さな入江に面した4~5軒だけの集落なので、みんな気さくに声をかけてくれるそうです。
1年前まで都会でバリバリ働き、現在も役員をされている佐藤様ですが、取材に訪れたときは離島の小さな農漁村のような雰囲気にすっかり溶け込んでおられました。

去年は引っ越してきたばかりでトマトやトウモロコシなど難しい作物は失敗したそうですが、今年は成功させたい、他にもいろんな野菜作りにチャレンジするのも楽しみにしています。
舟置き場もあるので、小さな舟を買って釣りに行きたいなど、理想の物件を得た佐藤様、田舎暮らしに夢もふくらみます。

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第30回 紀美野町 浅井様のお店「自分が行ってみたいカフェ」

紀美野町は、和歌山県の県庁所在地・和歌山市から近いにもかかわらず、自然が豊かな町です。

今回は、紀美野町の浅井様のお店「ル・クード・ヴァン」に取材に訪れました。
浅井様のお店も和歌山市内から1時間以内で行くことができるにもかかわらず、お店の周りは自然がいっぱいで、お店のすぐ下を流れる川は透き通った清流。浅井様も和歌山市内に住み、お店に通っているほど便利な場所です。浅井様のお店「ル・クード・ヴァン」浅井様はもともと横浜や大阪でレストランやアンティークショップなどを数店舗経営し、20年ほど前からケーキの製造卸も行っていました。
もともとは経営者だったのですが、ケーキづくりに携わるうち、ぼんやりと「素材にこだわった、自分が食べたいケーキを提供する、自分の行きたいお店をつくってみたい」と思うようになりました。
縁あって4年前に和歌山市に移住したころから、その想いが大きくなってきました。自分の想いにあうお店をつくるため物件探しに着手し、海沿いや山あい、いろいろな物件を見て回ったそうです。
そんな中、スエタカに紹介された今の物件が探し求めていた条件に合い、決定したのは6ヶ月前。さっそくリフォームにとりかかり、お店をオープンしたのは取材日の2週間前でした。お店の下を流れる清流ここに決めてからリフォームの間に通う間も、季節の移り変わりで緑の色も変わり、いろいろな花も咲き、天気によってもいろいろな顔を見せる自然にさらに魅せられました。夏にはすぐ下の川がプライベートビーチならぬ「プライベートリバー」にもなり、都会で暮らしてきた浅井様は大満足。
思い描いていた「素材にこだわった、自分が食べたいケーキ」も、「自分の行きたいお店をつくってみたい」も実現できました。お店は、静かな山里を走るとすぐわかる、青い外壁。一歩中に入るとアンティークの雰囲気。そしておいしそうなケーキ、川を見下ろすウッドデッキの気持ちよさと、何度も驚かされます。ウッドデッキは緑の山々に囲まれ、眼下に谷川を眺める抜群のロケーション。店名の「ル・クード・ヴァン」はフランス語で「風」を意味します。ウッドデッキに腰を下ろすと、店名の意味がよくわかります。今はちょうどサルスベリの花が咲いていましたが、春には桜も眺められるそうです。
これから冬に向けて薪ストーブも準備中で、すでにたくさんの薪を用意されています。ケーキは「この素材と手間なら、都会ならこの値段で商売にならないけどね。」といいながら、自分で食べたいものをつくり、お客様に喜んでいただくとの想いで提供しています。
開店したばかりですが、「近くの方がよく来てくれますよ」とのこと。取材中も数組のお客様が来られ、「お昼ご飯の後でお茶だけのつもりだったけど、おいしそう!」と言ってケーキを注文され、ウッドデッキでゆったりと過ごされていました。
これから気候も良くなってくるので、大阪の知人にもドライブがてら来てもらい、ぜひこのロケーションを楽しんでほしいとのこと。
別棟のアンティークショップ小さな別棟にはアンティークの家具や小物を集めたショップも作られています。今も月に1~2度は大阪に行っているとのこと。アンティークに興味のある方も訪ねてみてはいかがでしょうか。


お店紹介
ル・クード・ヴァン
住所  :海草郡紀美野町蓑津呂
定休日 :毎週水・木曜日、毎月第1日曜日、毎月21日
営業時間:11時~17時

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第29回 橋本市 濱本様宅「身体、人、地球にやさしいカフェ」

橋本市は和歌山県の北東端、紀伊半島のほぼ中央に位置し、北は大阪府、東は奈良県に接する、緑豊かな田園都市です。
世界遺産に指定された高野山の玄関口に位置し、水の恵み豊かな紀ノ川が街の中心を流れています。

今回は橋本市に住む濱本様宅に取材に訪れました。
濱本様はここ橋本市で、石窯・天然酵母パンとカフェのお店をしています。
もともと濱本様は大阪や神戸でパン店を営業していました。橋本市にある濱本様宅毎日のパンづくりの中で、少しずつ天然酵母を使った身体にやさしいパンへの興味を持つようになり、独学で天然酵母のパンづくりを始めました。
そうするうちに、本格的に薪を使い、石窯で焼いたパンを作りたいという気持ちが高まってきたそうですが、街中では薪を炊く石窯は使えません
「石窯で焼いた天然酵母のパンを作りたい」
その強い気持ちが、田舎暮らしを始めるきっかけとなりました。石窯で天然酵母のパンが焼かれます石窯で天然酵母のパンが焼くことができる場所を探しはじめた濱本様は、近畿圏各地を見回りましたが、条件に合う場所に巡り合えませんでした。

そんな中、スエタカ様より橋本市の山間部に最適な場所があると知らされた濱本様。
高野口町のその場所は、景色もよく、一目で気に入りました。

2008年から田舎暮らしが始まった濱本様。
「これで待望の石窯でパンが焼ける。」
その思いを現実のものとするため、半年がかりで家屋の手直しから自分で作る石窯。ホイロと呼ばれる発酵器やその小屋をすべて独学で作り開店準備にとりかかり、ようやく昨年の秋に夢であった石窯・天然酵母のお店「Coccolo(コッコロ)」をオープンさせることができました。入り口には天然酵母のパンが並んでいます今はまだ平日は仕事をしているため、土日のみしか営業をしていないのですが、それでもクチコミを通じて近所はもちろん高野町や大阪といった遠方からのお客さんも少しずつ増えてきました。

人に優しく、心にもやさしい。そして地球にもやさしいものを、と濱本様のスタイルを求めて、定期的に購入してくれるお客様もいるそうです。

Coccoloではパンの販売以外にも、奥さんがカフェを営んでおります。
マクロビオティックのランチここCoccoloは私たちのまわりで、ごく当たり前になった電化製品や便利な機械などから、今は忘れられようとしている手づくりで自然な食、薪で焼き上げる天然酵母パン、一面の里山風景などが、私たちの心と自然とのバランスを保つことができる、そんな生活があるということを改めて認識させてくれる場所なのかもしれません

濱本様は、店のコンセプトでもある「のんびり・ほっこり・癒しの里」を、この地を訪れる人々はもちろん、多くの方に感じ取っていただきたい、と語っておられました。

お店紹介

Coccolo
橋本市高野口町田原
営業日:土曜・日曜のみ 

手作りのホイロー(発酵器)

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第28回 美浜町 H様宅「ピッタリの条件が見つかった」

美浜町は和歌山県の中部、日高郡の西端に位置していて、紀伊水道に面している県内で太地町に次いで狭い町です。

今回は美浜町に住むH様宅に取材に来ました。
もともとH様は大阪出身でしたが、2009年4月ここ美浜町で田舎暮らしをスタートさせました。

田舎暮らしを始めたきっかけについて聞いてみました。
もともと大阪では小売業界に勤めていましたが、これからはインターネットは伸びる、と確信し、7年前に起業し、店舗販売とインターネットショップを立ち上げました。

しかし場所は大阪ともなると、家賃や倉庫経費がネックになってきます。
そこでインターネットショップのみにすることで、大阪でなくても倉庫経費が抑えられる田舎でもやっていけるのではないか、そうH様は考えました。
それから近畿一円色々なところを見て回ったそうです。決め手だった併設された倉庫H様の希望に沿う物件にはなかなか出会えなかったのですが、二度目の和歌山で美浜町に来たときは、「ここだ!」というくらい衝撃が走り即決したそうです。
一番のポイントは家と倉庫(事務所)が隣接していることで、ここがそれにピッタリあてはまっていました。そしてもう一つ、大阪とほぼ変わらない気候。
冬でも雪の心配もなく、倉庫に保管している商品も心配ないからだそうです。

インターネットショッピングを始めてもうすぐ1年になるのですが、実はご近所でもH様がインターネットショッピングを運営していることは殆ど知られていないらしいのです。その理由は「お付き合いで買って頂くのではなく、本当にいいと思ってもらった人に買ってもらいたい」という思いがあるからそうです。商品の発送準備中ですまた同様に和歌山での生活も2年目を迎えるのですが、大阪との違いについてお聞きしたのですが、少し意外な答えでした。生活で必要なものは少し車を走らせればほとんど手に入るし、逆に大阪より便利かもというものでした。
確かにここは高速道路のICからほど近く、数キロ圏内には大きなスーパーもあります。
またインターネットショッピングを利用すれば、今や何でも手に入る時代です。
言われてみれば納得の答えでした。
また、「苦労というわけではないけれど、一生懸命走ってきたので、趣味を持つ時間がなかったかな」とも話してくれました。

そんな美浜町がすっかりお気に入りのH様にこれからの将来について伺いました。
「しばらくはここで続けていきたいけれど、年齢を重ねて行くと、また違う生活になると思うので、その時はまた考えていきたい。そういうのも見据えて、いろんなところを見回ったというのもあり、それにピッタリだったのものここ美浜町の物件だった」と話してくれました。

いろいろなお話をしていただいたH様は、次なる夢に向けて、今日もここ美浜町から全国に向けて、買って頂いたお客さまの喜ぶ顔を想像しながら真心を込めて送り届けています。

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第27回 有田川町 鈴木様宅「笑顔あふれるユートピアを作りたい」

有田川町は和歌山県のほぼ中央に位置し、東は紀伊山地、北は長峰山脈、南は白馬山脈、西は有田市に囲まれた東西に細長い形状をしています。
また、空海が高野山を開設した時代に高野有田街道が開かれたことで歴史的な発展が始まりました。

今回は有田川町に住む鈴木さん宅に取材に来ました。
田舎暮らしは12年ほど前から始めていましたが、そのときは仕事の関係で週末や休みの時に限られていました。
そして時間に余裕が出てきた2年前からここでの永住生活が始まりました。築60年過ぎてもなお現役の鈴木様宅12年前といえば、まだインターネットが出始めたばかり。
そのとき田舎暮らしの情報収集といえばもっぱら雑誌からでした。
ちょうど田舎暮らしがブームとなった頃で、田舎暮らしを取り上げる雑誌がたくさん出版されていました。
そして、ある1冊の雑誌との出会いが、鈴木さんを田舎暮らしへと導いたのでした。

当時、鈴木さんは大阪で仕事をしていて、ビルやコンクリートで囲まれた生活でした。
その反動もあり、都会では普段接することのできない自然への憧れを持つようになりました。
歳月を重ねていく毎に憧れが大きく膨らみ、都会の雑踏から離れてのんびりとできたらなあ、と思うようになりました。
そしてそのとき手にした雑誌によって、憧れだった田舎暮らしを実現させるようになりました。
兵庫県や三重県、岡山県や奈良県と色々な場所を見回ったのですが、なかなか条件に合うものが見つかりませんでした。それでも諦めずに探し続け、有田川町に向かっていた途中のトンネルを抜けたときに、鈴木さんの目にパッと飛び込んできた景色に心を奪われました。
「トンネルを抜けた時は、まるで別世界に来たようだった」
その感動に加え、考えていた条件もぴったりだったことで、この場所に決まったそうです。

田舎暮らしで永住を始めてから2年、今年から町内会の役員を務めるなど、すっかり有田川町民となった鈴木さん。
12年前から年に1回の総会には必ず出席し、地元の方との信頼関係を築いてきました。
役員となった鈴木さんは、集落の活性化を目指し、年間を通じてさまざまな取り組みを実施してきています。

まずはワサビ畑の取り組み。集落を流れる澄んだきれいな川が流れていることもあり、ワサビを収穫し有田川町の代表的な作物にしよう、という思いから皆で取り組み始めました。
そして集落の人たちだけでなく、町を離れた息子さんやお孫さんが喜べるように季節行事としてのお花見や夏祭りを開催しました。
これがすごく好評で、「こういう祭りがあるのなら毎年帰って来たい」という言葉もこぼれるほどでした。
他にもいろいろなイベントの実施を予定していて、今では集落に活気が戻ってきているとか。
他にも子供たちが喜ぶ化石採掘プロジェクトも計画中で、実現する日を夢見ています。有田川町で見つけた化石鈴木さんに田舎暮らしの感想を聞いてみると、「来てよかった!」と言ってくれました。
毎日、奥さんが家庭菜園で育てている美味しい無農薬野菜が食べられ、そしてご近所づきあいで生まれる信頼関係、何一つ不自由さや不便さを感じることはないそうです。
「逆に不便なところを楽しむのが田舎暮らしの醍醐味」とまでお話してくださる鈴木さんの顔には笑顔がこぼれるほど今の暮らしの充実さをうかがうことができます。奥さんは家庭菜園をしています村ではまだ若手新米役員の鈴木さんですが、集落を思う気持ちは地元の人たちと同じ、いやそれ以上です。
鈴木さんの夢を実現させる旅はまだ始まったばかりです。

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第26回 美浜町 奥野様宅「素敵な仲間との出会いと広がるつながり」

美浜町は和歌山県の中部に位置し、日高川河口右岸から海岸線に沿って展開する町で、黒潮おどる太平洋や紀伊水道をへだて四国徳島をのぞむ瀬戸内海の南の入り口となっています。
太平洋に面する砂州海岸には、大正末年にこの地を訪れた近藤一路画伯が、雲煙模糊たる長汀と青松の景観を見て名づけられた「煙樹ヶ浜」があり、全長約4.6キロメートル、幅最大500メートルの近畿最大の松林が広がります。

さて、今回取材させていただいたのは奥野さんのお宅。
奥野さんは2年ほど前にここ美浜町のお宅を購入したのですが、仕事の都合上すぐに引っ越せず、その翌年にようやく引っ越すことが出来て、それから奥野さんの田舎暮らしがスタートしました。
玄関からは広がる海が眺められます温暖な和歌山に転居すると決めて、いろいろと見回ったのですが、なかなかいい物件に巡り合えず、ようやく最後に見たここの場所が奥野さんのイメージにぴったりだったそうです。
静かな環境、平屋建て、小奇麗。直ぐに購入の方向で動き始めたとのことです。

奥野さん自身壁を作らない気さくな性格で、普段、犬の散歩を兼ねて、地域の方々とのコミュニケーションの時間を大切にしています。

近所はIターンで来られた方たちが多く、その方たちの積極的な取り組みや活動に、奥野さん自身も参加しています。
また前の家主さんとも今でも連絡を取り合っていて、5月にはその方の知人を含め、活動の仲間、近所の人20名ほどをご自宅に呼んでパーティーを開催したのですが、やはりそこでも人のつながりの大切さというのを実感したそうです。

そういった活動を続けていくことで、出会いの素晴らしさが生きるエネルギーとなり、そして奥野さん自信の支えとなっているそうです。
犬の散歩は大切なコミュニケーションの時間です奥野さんは、かつてご主人がシニア海外ボランティアで活動していたときに出会ったご夫妻の生き方にたいへん共感し、人と人とがつながる素晴らしさ、大切さを感じ、そこから考え方、生き方が変わって、先のようなパーティーを開いてみようと思うようになったのだそうです。

そうお話してくださる奥野さんは、いい仲間に出会えたことはすごく幸せで、良いタイミングで出会ったのは幸運、とは言っていましたが、積極的に活動をしていたからこそ、巡り合えたのでしょうね。
たくさんのお話していただきましたが、どの話もすごく楽しくお話していただき、そして常に笑顔の奥野さんでした。

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第25回 有田川町 由井様宅「直売所で生まれるコミュニティ」

有田川町は和歌山県のほぼ中央に位置し、東は紀伊山地、北は長峰山脈、南は白馬山脈、西は有田市に囲まれた東西に細長い形状をなしています。 また空海が高野山を開設した時代に高野有田街道が開かれたことで歴史的な発展が始まりました。

さて、今回取材させていただいたのは由井さんのお宅。 由井さんが有田川町に来られたのは平成18年の1月ごろ。 今年に入り、4年目の田舎暮らしになります。
有田川町にある由井さん宅由井さんがここ和歌山県有田川町での田舎暮らしを決めたポイントは、アクセスのよさからだそうです。 由井さんの田舎は高知県で和歌山港からフェリーが出ています。そしてお子さまたちは隣接する奈良県です。ちょうど真ん中の和歌山県がベストだったそうです。

そもそもなぜ田舎暮らしをはじめたのかをたずねました。 お仕事をされているときは、普段平日は家の中で過ごす時間より会社にいる時間が多いため、何も感じなかったことが、リタイアされて家の中で過ごすことが多くなったときに、ふと「家が小さく感じる」と思ったそうです。

そう思ったときから由井さんの物件探しが始まりました。 いろんなところを見て回りましたが、やはり立地条件としては見晴らしのいいところ。 そして奈良県にも高知県にもアクセスがいいところ。 これらの条件にぴったりな物件が有田川町で見つかりました。

田舎暮らしを始めて3年。 今では家庭菜園でいろいろなものを作っています。 そしてこれから春、夏にかけていろんな野菜がこの畑で育ち、収穫されます。 また庭の一角には奥さんが育てている花畑があり、こちらも暖かい季節になると色とりどりに咲き乱れるそうです。
暖かくなるといろんな作物が育ちます由井さんが丹精込めて育て、そして収穫された野菜たちは、土日になると有志で建てた近所の直売所で、ご近所の方やそこを訪れる観光客に販売されるそうです。 その直売所で集まることで、ご近所さんとの楽しい会話が生まれ、コミュニティが形成されるのです。
土日になるとご近所さんが集まります 由井さんに今後についてたずねてみました。 まだまだ体が元気な間はここで頑張って田舎暮らしを堪能したいけれど、立地的にここは山の上に位置するので、車がないと生活するには少し困難です。 ですが、ゆくゆくは、もう少し生活に便利な別の場所で、次ぎの田舎暮らしをはじめようかなと思っています、とのことでした。

確かに田舎暮らしをするにあたって、年を経ていくと困難なこともありますが、その場所、土地で出会った人たちとのつながりはいつまでも続きます。 田舎暮らしと一概に言っても、いろんな楽しみ方があるものですね。
みなさまも、人と人との繋がりを強くさせる田舎暮らしを始めてみませんか?

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第24回 御坊市 松坂様宅 「150年前の古民家を移築」

御坊市は和歌山県の中部に位置し、和歌山県紀中・日高地域の中核都市です。 また、熊野古道にも位置しており、宮子姫生誕の地であることから、御坊市をアピールする恒例の夏祭り 「宮子姫まつり」で毎年多くの人で賑わいます。

黒潮の影響で年間を通じて温暖多雨の気候を生かし、主に野菜や花卉が生産されています。 中でも花卉の生産は和歌山県の生産高の四分の一を占め、スイートピー、カスミソウ、スターチスは全国有数の生産高を誇ります。 御坊市にある松坂さん宅さて、今回ここ御坊市で取材させていただいたのは松坂さんのお宅 松坂さんの田舎暮らしは4年ほど前から始まり、最初の頃は月に1回程度の頻度で、そして昨年お仕事をリタイアされてからは定住型の田舎暮らしになりました。

旦那さんはもともと和歌山出身だったこともあって、有田方面や清水方面など住み慣れた和歌山県内でいろんなところを見て回りましたが、田舎暮らしをするにあたっての松坂さんが決めた条件にはなかなか出会えなかったそうです。 その条件というのは、家庭菜園も出来て、釣りも出来る場所。 そしてゴルフも出来て、立地は海沿いではないという条件だとか。

そしてようやくこの場所にめぐり合うことができ、田舎暮らしが始まりました。この場所は松坂さんの条件に本当にぴったりの場所です。高速はすぐそばにあり、少し車で走れば生活に必要なものはなんでも揃うといった非常に便利な場所です。

奥さんは和歌山ではなく東京生まれ東京育ち。 東京とこちらではどちらが便利ですか?と尋ねてみたのですが、意外なことに「近いところになんでもあるので、意外とこっち(和歌山)の方が便利ですね」とのお答えが。 これにはちょっとびっくりしましたが、言われてみれば納得という感じです。 玄関には二重の立派な梁さて、松坂さんの家に注目をしてみると、これはもうたいへん特徴的な造りで、かつて加茂郷にあった150年ほど前の古民家の構造体を、そのままここに移築したとても珍しいお宅でした。玄関に入るとすぐに大きくて立派な梁が出迎えてくれて、どこか懐かしさを感じる雰囲気です。一部の梁は二重構造になっており、頑強な造りになっています。 自然のままの梁を使って建築するのは、今の職人さんには非常に難しいのだそうです。

ふとリビングに目をやると、とても大きな桜の幹をくりぬいて出来た火鉢があり、一瞬で江戸時代にまでタイムスリップしたかのよう。ただし、周囲を見回すと、薄型テレビやオール電化のキッチンなど、最新の電化製品が並べられているので、なんとも面白い光景が広がっていました。 桜の木をくりぬいた火鉢庭に出てみると、数え切れないほどたくさんの野菜が育っている家庭菜園があります。

枝豆やとうもろこし、そして南京、栗や梅などここに書き連ねるのが大変なほど。 家の敷地内にはビニール菜園もしており、家庭菜園にかける情熱が伝わってきます。最初から菜園に詳しかったわけではなく、ご近所の方などの協力をもらいながら、そしてうまくいかないときの経験を活かしながら、ここまで立派に育て上げることが出来たそうです。

日々成長していく野菜たちを見るのが、今いちばんの楽しみでもあり、喜びでもある松坂さん。 松坂さんの情熱をたくさん浴びて、野菜たちもすくすくと育っている、そう感じました。

みなさんも、田舎暮らしで自給自足の生活を始めてみませんか? 大変な苦労の中にも、無事収穫できたときの喜びは他では味わうことが出来ないかも。

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第23回 紀の川市 川口様宅 「野草や虫たちと共生を夢見て」

紀の川市(旧粉河町)は、和歌山県の北部に位置しています。 桃やイチゴ、ぶどう、みかんなどの果物の産地で、大阪からのアクセスもよく、週末には多くの観光客が訪れます。
今回取材させていただいたのは川口さんのお宅です。
もともと大阪出身の川口さん夫妻。
紀の川市で田舎暮らしを始めて早3年目を迎えました。


紀の川市にある川口さん宅

草花・野菜・花木・果樹、多種多様の植物を育てたい。この夢を実現するには広い土地が必要なのですが、大阪で得るのは難しいのが現状です。
そこで田舎暮らしをする場所に、大阪との交通の便が良い紀北地方に的をしぼりました。そのとき川口さんは島根県で働いていたこともあり、和歌山県で見て回るには、泊りがけで来なければならなかったのですが、スエタカの担当者の協力もあって、橋本市から岩出市まで十数件見て回りました。幸いにも2回目で、一目ぼれをした桃畑のある現在の土地を得ることができました。
果樹畑の中にあり、日当たりと展望の良いこの場所は、植物を育てるのに絶好。大阪へも山ひとつ超えるだけで行き来できるので、川口さんの希望にぴったり。
最初桃の木は5本あったのですが、花と実を期待して一本だけ残しました。無農薬栽培を試みたのですが、縮葉病とアブラムシで木は弱ってきました。
花は3年間楽しませてくれたのですが、実は成らなくなり、今年切ってしまいました。ご近所の桃農家さんも話してくれていたのですが、桃の完全無農薬栽培はできないようです。


この桃の木には悩まされました

今、川口さんの畑では、とうもろこし・トマト・オクラ・キュウリ・エダマメ・シシトウ・落花生・大根・ニンジン・スイカ・かぼちゃなど多種多様な野菜を有機栽培しています。
また、アーモンド・栗・イチジク・ブルーベリーなどの果樹も実をつけています。育て方はすべて独学で、子供の時の経験や、本やインターネットで調べて試行錯誤しているそうです。


とうもろこし畑にはたくさんの実が

すると「米作りもしたいので、夢は庭を全部水田に!」と冗談交じりで、笑顔で話してくれた川口さん。
本当の夢は無農薬・無化学肥料・無機械(草刈機・耕運機)の有機ぐうたら農法で、野草や虫たちと共生しながら不耕起栽培することが目標だそうです。
みなさんも昔見たあの景色の感動をもう一度味わいませんか?

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第22回 かつらぎ町 植田様宅 「菜園にあこがれて」

かつらぎ町は、和歌山県の北東部に位置し、平核無(ひらたねなし)柿の生産高日本一として有名です。他にもイチゴや梅、桃やブルーベリー、梨、ブドウといった多くの果物を広く栽培しており、フルーツのまちとして一年を通して観光農園が開設されています。
今回取材させていただいたのは植田さんのお宅です。
植田さんが田舎暮らしを始めたのは3年ほど前。田舎暮らし当初は仕事が忙しくて、ほとんどかつらぎ町に来られない日が続きました。 昨年あたりからようやく仕事も落ち着き始めたため、今では月に数日は来られるようになったそうです。
そもそも植田さんが田舎暮らしを始めたきっかけは40歳代から憧れていた、「畑で野菜を作りたい」という夢を実現するためだとか。
今、植田さんは大阪府に住んでいるのですが、やはり大阪では畑での野菜作りというはとても難しいものがありました。
そのせいもあってか、憧れていた野菜作りの夢をずっと叶えたいと思っていたそうです。
畑のある家を探すため、遠くは岡山県にまで足を運び、いろいろと物件を探し回ったそうです。
和歌山県では旧金屋町も見回ったのですが、畑はあるものの日当たりの問題があったため断念しました。
そして季節は初春を迎える頃、ここかつらぎ町にやって来たときに植田さんは、畑よりもまず咲いていた梅の花の美しさに思わず一目惚れしました。 その後も3、4回ほど訪れ続け、そしてその年の年末に購入することを決めました。


かつらぎ町にある植田さん宅

これでようやく念願の夢だった野菜作りに専念・・・・といいたいところですが、それまでにまだまだやらなければいけないことが残っていました。
というのも、畑にしようとしていた家の庭は野菜作りに適した土壌ではなかったのです。 そのため、畑の土を敷き詰めるためにダンプカーを使ったり、近所の方々に手伝ったりしながらようやく畑作りは完成しました。
しかし、植田さん、実はこれまで野菜作りをしたことがありません。 そのため勉強するためいろんな本を読んだり、そして近所の人にいろいろと教えてもらったりしながら、着々と夢への実現へ向けて進んでいきます。
今となってはその甲斐もあってナスやきゅうり、ピーマンなど数多くの野菜を育てることが出来ました。初めての野菜作りということもあり、失敗もありましたが、その失敗を教訓に、来年こそは立派な野菜を育ててやる!と植田さんは意気込んでいます。


一目ぼれした梅の木

息子さんやお孫さんたちが休暇でかつらぎ町へ訪れたときには、その採れたての野菜を使ったーベキューで楽しんだり、ジャガイモ掘り体験で遊ばせたりしているそうです。
40歳代の頃からずっとあこがれていた田舎暮らしでの野菜作り。 その念願の夢が叶い、今では時間があるときは一日中ずっと土をいじっているそうです。
土をいじっている姿はまるで子供が無邪気に遊んでいるような、そんな風に見えるほど植田さんからは笑顔がこぼれていました。


独学でここまで育てました。すごい!

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