第39回 海南市 T様「文化財?の管理人」

海南市は、県庁所在地・和歌山市の隣で、古くは漆器やシュロを使ったほうきやたわしなどの家庭用品の生産が盛んな地でした。現在も漆器づくりをしていた街並みや、家庭用品の会社などがあります。

文化財のような家

今回お伺いしたT様は、近くにある老舗酒造会社の別邸を借りて住まわれています。
建築は昭和初期で築80年ほど経っており古さは否めませんが、さまざまな意匠を凝らした細工が施されており、文化財に匹敵するような凝ったつくりになっています。

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応接間。凝ったステンドグラス・窓・天井。
壁は地域特産のシュロを練りこんだ珍しいもの。

25年ほど前からは使われていなかったようで、部屋には埃がつもり、山の斜面を生かした庭も草木が生え放題になっていました。
しかし日本建築に興味のあったT様は、一目でこの家に惚れ込んでしまいました。

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美しい内縁に囲まれた和室。

家主に「ラブレター」

これほどの建築なので、家主も他人に貸すつもりはなかったのですが「先々代の資産なので、何か有効に使う方法はないか?」と当社に相談いただいていました。
そこでご紹介したのが、陶芸家でもあり日本建築にも造詣が深いT様。それまで別の借家に住んでいましたが、「T様ならこの家を生かせるのではないか?」と家主の案内で見ていただきました。
この家に惚れ込んだT様は、いかにしてこの家に大切に住むか、庭を整備するかをしたためた「ラブレター(T様談)」を、当社を通じて家主様に送るなど大変気に入っていただき、家主様も熱意にほだされて賃貸することになりました。

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漆塗りの障子枠、明かり取り、折上げ格天井など、凝った造り。

庭と楽しい格闘

家の中は入居前に掃除と簡単な補修をしたのですが、庭木は大きくなりすぎて日があたらず、草は生え放題。T様の格闘が始まりました。
庭といっても、近所のご老人に聞くと「離れに使用人が2家族住み込んでいた」「ちょっとした公園のような庭園だった」というほどの広さ。まずはチェンソーを手に入れて使い方を覚えるところから始まりました。家主の了承を得て剪定・伐採し、何とか日が当たるようになりました。
一見すると生え放題ですが、草木の種類を見ていくと趣向を凝らした庭だったことがわかりました。植物が好きなT様は、大変な作業も一つの楽しみにされています。
入居してから2年経った今も手入れは続いていますが、まったく元通りは無理としても、当時の庭の良さを残しながら整備していきたいとのことです。

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野菜は自給自足

敷地の一角の斜面に、段々畑がありました。前の家でも野菜を作っていたT様は、さっそく野菜をつくりはじめました。段々で日当たりも良く、また水道も引かれていたのでたくさん収穫できるようになりました。
自然農法にこだわり、現在は30種類ほど作られているようです。
おかげで野菜はほぼ自給自足、たくさんできたときは直売所で販売できるほどだそうです。家を探すときも「家庭菜園ができるところ」との希望があったのですが、それも満足されています。

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庭続きの畑。珍しい「大浦太ごぼう」の花。種をとって、自然農法に取り組んでいる人と
交換するそうです。藍を育てて藍染にも挑戦予定。

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ちょうど花が咲いていたキュウリ、トウモロコシ、ズッキーニ。形がきれいでなくても、
少しくらい虫に食われていても、
安心で獲りたての野菜は何物にも代えがたい。

憧れ以上の建築に感動

さて家のほうは、職人の技術の粋を生かしたような造りで、傷めるわけにはいけません。応接間のステンドグラスはもちろん、窓ガラスも凝ったもの。床框だけでなく障子の枠まで美しい漆塗り。畳縁も麻の本藍染。家の内外にあるさまざまな意匠。見れば見るほど、「どれだけ手がかかっているのだろう」とT様は感動しました。

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床框は美しい漆塗り、床壁には金箔を使って松の木のような紋様を付けています。

T様は「普通ならこれだけの家に住むことはできないでしょう。気分は文化財の住み込み管理人ですね。」とおっしゃっていました。

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質素な感じながら、よく見ると屋根や格子、雨どいにさえ意匠が凝らされています。
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広い玄関内には、ご主人の自転車も入ります。窓も凝ったもの。

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決して華美ではなく品のある赤い漆塗り。
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庭にある防空壕。戦中、近所の人も空襲警報の度に避難したそうです。

「憧れていた以上の家に住めたのは何かの縁。家主に出て行けと言われるまで(笑)、大事に住みたいと思っています。」とT様。
まさに借主と家主の気持ちが合わないと実現しなかった、仲介冥利に尽きる組み合わせの物件でした。